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"the"の謎とアリストテレス

 "a"と並んで日本人には分かりにくい概念である"the"。英語学習記 2. では"a"について考えました(まだご覧になっていない方はこちら)。そこではプラトンに登場してもらいましたが、次に"the"について考えるにはプラトンの弟子アリストテレス(BC384-322)に登場してもらうと説明しやすくなります。

 プラトンはイデア界こそが本当の世界で、われわれが住むこの世界は不完全な世界、この世界に存在するものはみな影のような不完全なものと考えました。男女の愛(プラトンは同性愛傾向にあったと言われていますが)も同じで、この世にある愛は不完全で本当の愛はイデア界にしかないと考えました。ここから「プラトニックラブ(プラトン的愛)」なる言葉も生まれています。プラトンは目に見えるものを軽視する傾向にありました。
 このプラトンの考えに異議を唱えたのが彼の弟子のアリストテレスです。

 アリストテレスはひとつひとつの個別のものをよく観察しました。そしてプラトンの考えに対し、「おっさん、よう見んかい!」という結論に達しました。この世界のすべてのものは影のようなものではなく実際に存在しているのだ、独自の形を持っているのだ(ここから[質料と形相]という考えに発展しますがまた別の機会に)と主張しました。これこそまさに"the"であります。

 "a car "と "the car" の違いを次のような状況を例に出して考えたいと思います。
 あなたはクルマを運転しています。信号で止まっていると、横から別のクルマに接触されました。見るとトヨタのセルシオでした。あなたが降りていって話をしようとすると、そのクルマは逃げ出しました。
 あなたは逃がすものかと追いかけます。セルシオはどんどん逃げます。あなたも必死で追いかけます。ついに港まで来ました。
 港に広大な駐車場があり、たくさんのクルマが止まっています。数百台ありそうです。輸出されるのを待つクルマのようで、すべて同じ車種です。よく見るとなんとすべてセルシオではありませんか。
 これ幸いと、あなたにぶつけたセルシオはその駐車場に入っていきました。その駐車場の中であなたはまんまとまかれてしまいました。
 数百台のクルマ(a car が数百 hundreds of cars)の中から一台だけあなたにぶつけたクルマ(the car)を見つけなくてはなりません。
 あなたは警察に連絡しました。警官がやってきて、一緒に探すことになりました。探して、探して、・・・。ついに見つけました!バンパーにキズとあなたのクルマの塗料がついています。このクルマに間違いない。あなたは警官に言います。
 "This is the car !" 「見つけました!」「これがそうです。」「これがそのクルマです。」
 もしここで"This is a car."と言えばこれは相当おかしいです。この状況で「これは、自動車です。」と言われても、「分かってるがな。」とか「それがどないしてん。」ということになるだけです。

 "the"は語源が"that"と同じです。だから意味的に両者は非常に近いのです("that"のほうが指示性が強いです)。ここから、"that"は単に日本語でいうところの「あれ」ではないことが分かってもらえると思います。"this"を「これ」、"that"を「あれ」と単純に考えるのは危険です。(この"this"と"that"にも別の機会に触れたいと思っています。)



参考文献:『西洋古代中世哲学史』クラウス・リーゼンフーバー著 日本放送出版協会, 『ソフィーの世界』ヨースタイン・ゴルデル著 池田香代子訳 NHK出版, 『「ソフィーの世界」哲学ガイド』須田朗著 NHK出版, 『スタンダード 英語語源辞典』大修館書店
 










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