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"a"の謎とプラトン

 This is a pen. これは、日本人のほとんどが口に出したことのある英語のセンテンスだと思われますが、この場合、a を付け忘れる人はいないようです。センテンスが身に染み付いているからでしょう。
 英語を学ぶ方にとっては、この a をつけるかどうかは混乱させられることの一つだと思います。ここではこの a とは何かについて、古代ギリシャの哲学者プラトンのイデア論を交えて考えたいと思います。

 a はもともと one と発音されていました。今日、母音で始まる名詞の前に a が付く場合は an としなければならない(例 an apple, an orange)と説明されますが、これでは説明の順序が逆です。もともと one と言われていたのが徐々に a に変わって行ったのです(どんな言葉もその概念が一般的に知られていくと、言葉を短くするインセンティブが働きます。例、携帯電話→ケータイ、原子力発電所→原発)。one car, one table これを a car, a table と発音しても容易にできますが、one apple, one orange の場合 a…では発音しにくいので、n が残ったのです。

 a は概念としても one です。なにか一つのかたまり、まとまったもの、一つのものとして容易にイメージできるもの、です。身の回りには one がいっぱいあります。机、パソコン、ラジカセ、扇風機、本…。よく見ると世界は one で満ち溢れています。

 ひとつひとつのものになぜ同じ名前をつけることができるのか?たとえば「クルマ」といっても形や色や大きさなどがさまざまなのに、なぜ、ワゴン車もスポーツカーもダンプカーも同じように「クルマ」と呼べるのか?
 この質問にに答えを出そうとしたのがプラトン(BC427-BC347)で、彼はイデア論という答えを用意しました(もちろんプラトンの時代に自動車はなかったのですが、例としてクルマを使います)。

 プラトンはこの世界に現れてくるものの背後に何か「もとになるもの(イデア)」が別の世界(イデア界)に存在しているのだと考えました。イデアは今日のアイデアの語源です。
 クルマで言えば、この世界にはさまざまなクルマがあるが、もとは一つであり、イデア界には完璧なクルマ、これこそがクルマの本質である、というクルマの「もと」になるものが存在していると彼は主張しました。クルマ以外にもこの世界に存在するもののすべての「もと」になるものがイデア界に存在している、人、馬、犬、木、花…、イデア界ではそれらの完全な姿のもの、いわばひな型がある、というのです。
 この世界は不完全な世界であり、イデア界では完璧だったものがこの世界に形をともなってやってくるとどうしても不完全なものになってしまう(全く完璧な球体を想像できても現実にそれを作るのは不可能でしょう)。不完全であるからそれぞれが違う。しかし、本来イデア界では同じものだったのだから、本質的には同じなので、私たち人間もそれらが同じものだと認識できる。.プラトンはこう考えました。

 以上のイデア論をふまえてもらえれば、以下の説明を納得していただけると思います。。

 "a"もしくは"an"と英語話者が口にだすとき、「この世界に存在するものでひとかたまりのもの。液体や気体ではなく、形を保持しているもの。その数量は一つ。」というニュアンスがすでにあります。そのあとにその"a (an)"を説明する言葉が続きます。それは例えばcar,desk,book,apple…などですが、言ってみればこの場合、car,desk,book,appleなどよりも"a"の方が大事です。car,desk,book,appleなどの名詞は単に"a"を説明もしくは形容するものなのです。
 "a (an)"付きで言い表されるべきもの(可算名詞)に"a (an)"をつけ忘れて表現した場合、聞き手にとっては、観念上のことを言われているような、現実のことを言われていないような、何か落ち着かない感じがすることでしょう。

 "a (an)"とはoneであり、ひとかたまりのものを意味すること。それを形容する言葉があとに続くこと。この感覚をつかむのにプラトンのイデア論が有効であることを書きました。

 ここではtheと複数に関することには触れませんでした。 the についてはこちらへ

参考文献
『やり直し基礎英語』山崎紀美子著 ちくま新書,
『日本人の英文法』T.D.ミントン著  安武内ひろし訳 研究社,
『西洋古代中世哲学史』クラウスリーゼンフーバー著 日本放送出版協会,
『ソフィーの世界』ヨースタイン・ゴルデル著 池田香代子訳 NHK出版,
『「ソフィーの世界」哲学ガイド』須田朗著 NHK出版 





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