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 SVOな世界観 


 世界に対する態度(世界観)を共有している人々の間にしか、コミュニケーションはなりたちません。

 日本語の背景にある世界観には「動き」はありません。すなわち、世界とはそのようなものである、そしてそれは基本的に変化せず、「ある」ものは「そのようなものとしてある」、ということを前提にして成り立っているようです(『日本語文法の謎を解く』金谷武洋 著 ちくま新書)。この世界観はめずらしいものです。
 日本語のそれとは違う、英語の持っている世界観、その世界観を創り上げてきた背景を学ぶこと。これは英語を学ぶ上で本当に大切なことだと思います(『英語の感覚』大津栄一郎 著 岩波新書)。

 古代ギリシャに端を発した世界観が今や世界の標準と言っていいほど世界中に広まっています。古代ギリシャに端を発したものは世界観や思想にとどまらず、社会制度、娯楽など、私たちの生活や考え方のすみずみにまで影響を与えています。
 英語は、もちろんヨーロッパ的なものを土台にしています。ヨーロッパはローマ帝国が土台です。EUはローマ帝国を思い起こしてつくられたアイデアを基盤としています。そのローマは軍事的、政治的にはギリシャを征服したのですが、文化では逆にギリシャに征服されたと言われています(『ローマ人への20の質問』塩野七生 著 文春新書)

 日本人が英語を話す上で常に意識する必要があるのはSVOな考え方です。つまり、この世界にあらわれているすべての事柄には、何らかの原因があるのだ、という考え方です(これは今日の科学的な考え方でもあります)。いつでも、どんなときでも、何かが何かをした結果、どうにかなった、ということなのです。雨が降るにもその原因があるし、風が吹くにも原因がある、というわけです。

 この考え方を進めていくと究極的な原因は何かという疑問が当然出てきます。前7世紀ころにはタレスがすべてのものは水でできていると言い、その後早くも前5世紀頃には原子という考え方が登場しています(『西洋古代中世哲学史』 クラウス・リーゼンフーバー著 放送大学教育振興会)。そしてギリシャ的な考え方と一神教的な考え方が合わさって、唯一の神が世界を創った、と考える時代を経て、ビッグバンという考え方も登場しています。

 その答えは何であれ、その質問自体が人類の歴史を通して絶えることがなかったことに注目してください。このような質問、疑問が出てくる世界観を中心として人類の歴史が動いてきたということです。
 もちろんそれ以外の世界観を持った人々や社会の歴史は存在するのですが、それらはスタンダード(標準)ではないので、無視されたり忘れられたりするのです。人類は忘れないということで歴史を作り上げて来ているのは当然ですが、積極的に忘れるということでも歴史を作り上げている側面もあるのです(『「新約聖書」の誕生』加藤隆 著 講談社選書メチエ)

 原因を特定しない言い方、例えば、「おかげさまで」とか、「寒くなりましたね」などの言い方が成り立つ日本語は、SVO的な考え方からは遠い言語だと言えるでしょう。



追記
 世界の標準的な考え方だからといって、それがベストかどうかはまた別問題です。
 例えば、人生で何か問題を抱えた時、その問題の原因ばかりを考えて、自分の人生を先へ進めることができなくなる場合もあるようです(『「くよくよするな」と言われても・・・くよくよしてしまう人のために』北西憲二 著 知的生き方文庫)。


                                     2003. 8.24



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